top of page
検索

植物と生きる

  • elephthr
  • 2023年9月7日
  • 読了時間: 3分

ree

 今から数年前より植物を育てています。

 最初は『きれいな花壇が作りたい』『植物は肥料があれば大丈夫』と安易に始めました。近くのホームセンターに行っては見栄えの良いものを見つけ購入し自宅へ植える。そんな日々の中で花壇に植えるいくつかの花や草が枯れていきました。

 私は充分な肥料を与え一定の間隔をあけて水も日に2回と自分の生活リズムを保ちつつできる対応を行っていましたので何故枯れてしまうかが分からず次々と新たな草花を購入し植えては枯れるを繰り返していました。

 そんな日々が数週間続いた中で、ふと子供が泣く姿や動物が鳴く姿を目にした時に『木や草花は泣けないのだ』と改めて感じました。これは単純で当たり前のことなのに・・・

 私は、もう一度、草花との向き合い方を考えました。

 まず、枯れてしまうのは相手ではなく自分が環境を整えないからだ、勝手に自分で生きる場所を決めてしまったから苦しくて嫌だ、でもここに決められて抵抗が出来ない性質だから静かに終わりを告げてしまっているのだと感じてあげなければならない。

 栄養と水分も充分と過剰を解らず、ただ贅沢にしても相手は満足しない等いくつか考え方を変え自分本位から相手の必要としていることは何かを追求するようになりました。

 しかし、考え一つで成果は得られず枯れていく草花を悲しく思い、何故か見捨てられず別の鉢へ移し枯れたままにしていました。また、合わせて草花個別にどのように育てるかを勉強しました。すると枯れたはずの草花が緑色に変わり3か月後には蕾を膨らませる花まで現れました。意味が分かりませんでしたが、ただ感動しました。

 私は焦ることなく状態を確認し、成長に合わせて少しずつ支援をしました。

 この植物たちは今年で3年目となりますが大きくキレイな花を咲かせます。近所の方々もキレイな花が咲くので写真を撮らせて欲しいと言われることもあります。

 私は何の気なく始めた植物の育成でしたが、この草花にいくつも大きなことを学ばせてもらいました。人でさえも周囲に辛い、苦しいは言いづらいです。ましてや口や訴える方法を持たない相手は誰が気づいてあげられるだろうか?

 また、一見して枯れていても、その中では『生きる力』が漲っているので環境を変え日あたりを見直す事で、今この場所は本当に正しい場所なのか?少し場所を変えてみるのも必要だと感じたました。

 草花達は私たちの評価を必要としていない。他人や物、出来事を評価するのであれば、その立場で自分が傷つかないかを考え、自分が苦しくて耐えられないのであれば評価をしない。

 こんな事を思いながら、引き続き草木を含め共に生きていこうと考えていますのでよろしくお願いします。

 
 
 

コメント


bottom of page