巡り合わせ
- elephthr
- 2023年9月11日
- 読了時間: 2分

私もまだまだ若輩者ではありますが様々な人に出会い、大小問わずいくつもの経験から学ばせていただきました。
全ては巡り合わせであり、幸福か不幸か損得の判断ではなく出会いそのものに価値を見出して生きていけることが理想だと思います。全ての出会いに良し悪しを感じるのではなく全ての出会いから学べたか?ということです。
最近になって昔の知人、友人から連絡が頻繁に来るようになり様々な相談を受けるようになりました。私では到底解決できるものではないものが多くご期待には応えられていない状況ですが「久しぶりに会いたい。」と言って頂けると無力な事から複雑な気分になります。
恐らく、相手も期待はしていないと思います。
この様な事から巡り合わせとは本人の意思ではなく必然的に発生し、それを活かす事が出来れば自分への学びとなるではないかと考えています。この活かすとは具体的な行動や言動だけではなく感じることも大事であり、自分の中で整理する事も含めとらえる必要があります。この事は自分のみならず相手も同様に感じているかもしれません。
また、この巡り合わせは過去、現在の因果は一切関係なく突如して起こることもあり数年間にわたり連絡手段がない相手と突然始まる事もあり、正直、私は対人関係が上手く築けない短所を持っているので、あまり長期間にわたり関係を維持することが苦手でもありますが、たくさんの出会いの中でしか学ぶ事が出来ない社会勉強を今も意識し続けています。
私は巡り合わせとは万人に一人の自分の道筋上でしか出会えない大切な経験であると思っており、他の誰にも同じ人生が無い学びの場で短絡的な良し悪し、損得で答えるのではなく、自他共に双方の立場になって考える力をつけ、出来る限りまっすぐ生きていこうと思います。



コメント